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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)4978号 判決

原告 滝沢瑞雄 外二名

被告 株式会社 珍粋 外二名

主文

1  被告東京捺染工業株式会社は原告滝沢瑞雄に対し、金四四万円およびうち金四〇万円に対する昭和三九年三月一七日以降右支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を、原告滝沢一成、同栄満子に対し、各金一一万円およびそれぞれうち金一〇万円に対する昭和三九年三月一七日以降右支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らの被告東京捺染工業株式会社に対するその余の請求並びに被告株式会社珍粋および被告東京日産自動車販売株式会社に対する各請求はいずれもこれを棄却する。

3  訴訟費用中原告らと被告東京捺染工業株式会社との間に生じたものはこれを四分しその三を原告の、その余を被告の各負担とし原告らと被告株式会社珍粋、同東京日産自動車販売株式会社との間に生じたものは全部原告らの負担とする。

4  この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告株式会社珍粋(以下、珍粋という)同東京捺染工業株式会社(以下捺染という)同東京日産自動車販売株式会社(以下、日産という)らは各自、原告滝沢瑞雄(以下、瑞雄という)に対し金一六三万五〇五六円及びうち金一四四万七五一六円に対する昭和三九年三月一七日以降支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を、原告滝沢一成(以下、一成という)同滝沢栄満子(以下栄満子という)に対し各金六二万一四七四円及びうち各金五五万円に対する昭和三九年三月一七日以降支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として左記一ないし三のとおり被告らの抗弁に対する答弁として四のとおり述べた。

一、訴外仙北ハツエ(以下、仙北という)は昭和三七年四月五日午後三時すぎ頃普通乗用自動車(五み九、二六五号-以下本件自動車という)を運転して進行中東京都中央区小舟町一丁目八番地そば屋「藪正」こと滝下善信の店先路上で東側より西側に向つて横断歩行中の原告瑞雄に右自動車を接触させ、同人を路上に転倒させたため同人は後頭骨亀裂骨折、脳震盪症並びに胸部及び陰茎亀頭部打撲傷の傷害を受けた。

二、被告珍粋同捺染はいずれも被告珍粋の代表取締役平井幸雄一族の同族会社で本件自動車につき当時所有権者である被告日産よりともにその使用を許されて居り、運転者仙北は両社共通の従業員で、本件事故は右仙北が被告珍粋の従業員町田治代を同乗させ両社に共通の業務の遂行中に生じたものである。

被告日産は自動車販売業者で、当時代金債権確保のため本件自動車につき所有権を留保した上被告の珍粋同捺染にその使用を許していたもので本件自動車に対する支配権を維持しかつ月賦販売により多大の利益を取得していたものである。

したがつて被告らはいずれも自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という)第三条所定の「自己のために自動車を運行の用に供する者」にあたるというべきである。

三、本件事故により、原告らはつぎのとおりの損害を被つた。

(一)  原告瑞雄の損害

(イ)  原告瑞雄は原告一成同栄満子の子として昭和三一年八月一一日に出生し本件事故前は心身にわたり標準以上の発育を遂げて来たが、本件事故によつて受けた脳損傷のため排尿障害、頭痛下肢等のしびれ、右耳軽度難聴などの後遺症を負うに至り、今後小中学校でも十分に学習できず、高校進学も困難視されるため将来の所得能力、職業適応能力に悪影響を受けそれによる同人の労働能力の喪失は二割を下らないものといえるから、同人は本件事故により将来の得べかりし収入の二割分の減収を来し、同額の損害を被つたものというべきである。

同人は事故当時五才七月で第一〇回生命表によればなお六二年の平均余命があるから本件事故にあわなければ少くても二〇才から六〇才まで四一年年間は通常の一般労働者として稼働が可能であつたと推定される。

ところで労働大臣官房労働統計調査部発行の昭和三六年度労働統計年報によれば、昭和三六年度の全産業常用男子労働者一カ月平均現金給与額は三万一八六八円であるからこれを基礎に算出される二〇才から六〇才までの四一年間の所得合計額は金一五六七万九〇五六円となり、その二割は金三一三万五八一一円(円未満切捨)である。右金額が結局原告瑞雄が本件事故により受傷したため得べかりし利益を喪失したことによる損害額で、これをホフマン式計算法(単式)により民法所定の年五分の割合による五四年間の中間利息を控除して原告瑞雄が満六才に達する前日である昭和三八年八月一一日における一時払額に換算すると金八四万七五一六円(円未満切捨)となる。

(ロ)  同人が直接本件事故による受傷によつてこうむつた精神的苦痛や同人の後遺症が同人の学業並びに配偶者の選択などに及ぼす影響等を考えると同人に対する慰藉料は金六〇万円が相当である。

(二)  原告一成、同栄満子の損害

原告一成、同栄満子は両親として一人息子の原告瑞雄に対し格別の愛情を抱いていたところ、同人が前記の如き重傷を負い後遺症をもつ不具者となつてしまつたこと、原告栄満子は本件事故当時姙娠していたところ原告瑞雄の前記受傷により多大の精神的打撃を受けたばかりか、家事一般のほか原告瑞雄の看病や通院の付添い夜尿症に対する気配りや汚れた着衣の洗濯てんかん発作に対する看視等の苦労をかさねたため胎盤早期剥離症よなり昭和三七年一二月一一日姙娠九月の胎児を死産し両名ともどもに悲しみを深めさせられたこと等の事情を考慮すれば原告一成、同栄満子の精神的苦痛に対する慰藉料としては各金五五万円が相当である。

(三)  弁護士費用

原告らは被告らが本件事故による損害の賠償につき誠意を示さないのでやむなく昭和三八年六月二〇日東京弁護士会所属弁護士坂根徳博に対し被告らに対する損害賠償請求訴訟を委任し、同弁護士会報酬規定所定の報酬を支払う旨約しこのため原告瑞雄は着手金、謝金各金九万三七五〇円合計一八万七五〇〇円につき原告一成、同栄満子は各上記同様各金三万五七三七円合計金七万一四七四円につき着手金は右委任の日を、謝金は判決言渡日を夫々支払日とする債務を同弁護士に対し負うこととなつたが、右弁護士費用も本件事故により通常生ずべき損害というべきであるからその賠償を求める。

よつて、原告瑞雄は右(一)(三)の損害金の合計金一六三万五〇五六円、原告一成、同栄満子は夫々右(二)(三)の損害金の合許金六二万一四七四円および上記各金員より右(三)掲記の各弁護士費用額を控除した残額に対し夫々損害発生の後である昭和三九年三月一七日以降支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、被告捺染主張の抗弁事実のうち原告側に過失があつたこと、同被告及び仙北が本件自動車の運行に関し注意義務を遵守したことは否認する。その余の事実は不知。

被告ら訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」旨の判決を求め、一、被告珍粋、同捺染の訴訟代理人は両者の答弁および仮定抗弁として左記(一)(三)のとおり被告捺染の抗弁として(二)のとおり述べた。

(一)  請求原因第一項の事実は認める。同第二項中当時被告捺染が本件自動車について使用権を有し従業員伸北をして右自動車をその業務のため運転させていたことは、被告珍粋の従業員町田が本件自動車に同乗していたことは認めるがその余の事実は否認する。同第三項中原告瑞雄の事故当時の年令、原告らの身分関係および原告主張の訴訟委任のあつたことは認めるが、弁護士強制主義をとらないわが法の下では弁護士費用の賠償請求は許されない。その余は不知。

(二)  本件事故現場は北南のみの一方通行が許され駐車台数も多く交通頻繁な巾員八米の問屋街の道路上であるが、運転者仙北は右現場にさしかゝつたときは時速一二、三粁に速力を減退し前方注視義務を怠らず進行したところ、東側に駐車中の蔭から突如原告瑞雄が飛び出して来たので、同女はこれを認めるや直ちに急停車に及んだものであるから同人には何等の過失もなく、また被告捺染は右仙北の選任監督に周到な注意を払つていたから、運行供用者の過失も存しない。かえつて本件事故は被害者である原告瑞雄の不注意および同人の父母である原告一成、同栄満子が監督義務に違背して僅か五才の幼児を路上に放置した過失のみに基因する。しかも本件自動車には構造上の欠陥又は機能の障碍はなかつた。

(三)  仮りに被告らに損害賠償義務があるとしても、右(二)に述べたように原告一成、同栄満子にも本件事故の発生について過失があるから、原告らに対する賠償額の算定にあたり右過失は斟酌されるべきである。

二、被告日産訴訟代理人は、答弁として原告の主張事実中被告日産が自動車販売業者で本件事故当時本件自動車の所有権を代金債権確保のため留保していたことは認めるがその余の事実はすべて不知。

本件自動車の所有権はその月賦販売代金債権担保の目的のためにのみ被告日産に留保されていたものであつて被告日産は本件自動車に対する使用権、支配権を全く有せずまたその運行による利益の帰属者ではないから、自賠法第三条の「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該当するとはいえない。と述べた。

(立証関係)〈省略〉

理由

一、(一) 先ず被告珍粋、同日産が本件事故発生当時本件自動車を自己のために運行の用に供していた者であるか否かについて争があるので、この点について判断する。被告珍粋の従業員町田治代が本件自動車に同乗していたことは原告と被告珍粋間に争なく成立に争いのない甲第三一、第三二号証並びに被告珍粋および被告捺染各代表者本人尋問の結果によれば被告珍粋と被告捺染が平井幸雄一族の同族会社で被告捺染はその設立に際し珍粋の代表取役である右平井から出資を受け、取締役の多くも両社共通で仕事上も製品指導を受けているというような密接な関係にあることは推認に難くないが、被告珍粋が本件自動車の使用権を有し、仙北が同社の従業員をも兼ね、本件事故当時同被告の業務にも従事していたこと及び右町田が同被告の業務のために本件自動車に同乗していたことは本件全証拠によるもこれを認めるにたりない。しかも両被告は夫々独立の企業であるから、両者の関係が右のように密接であるとはいえ、ただそれだけで被告捺染のみが使用権を有する本件自動車により惹起された事故についてまで被告珍粋が責任を負う理由はないというべきであるから原告らの被告珍粋に対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。

つぎに被告日産が本件事故当時本件自動車を月賦で販売し右代金債権担保のためにその所有権を留保していたことは当事者間に争いない。しかして自賠法第三条は自動車の運行についての支配権とそれによる利益とが帰属する者は危険責任および報償責任の見地から自動車の運行による事故につき厳格な責任を負担すべきことを規定したものであるところ、自動車の割賦販売をなし右代金債権確保のためにのみ自動車の所有権を留保しているにすぎない者は運行による利益の帰属者でないことは明らかであり、また自動車の運行について支配権をもつものともいゝ得ない。けだし、自動車の所有者は原則として、運行について支配権を有するといえるがいずれも成立に争ない甲第二一ないし第二三号証によれば自動車の割賦販売にあつては売主は契約成立と同時に目的自動車を買主に引渡し、その使用を認め、たゞ売買代金等の債権確保のためにのみ所有権を留保するにすぎないことが認められるから所有権は割賦金の支払のないときにその効力を発揮するにすぎず運行についての支配権は特段の事情のないかぎり買主にのみ帰属すると解すべきであるからである。もつとも、前記甲第二一ないし第二三号証によれば、自動車の割賦販売約款には通常「売主は買主の営業所、車庫または路上で車輛の点検をし使用上の注意を与えることができ、買主はこれに従う義務がある」旨の規定が設けられていることが認められ、右規定によれば一見売主も自動車の運行を支配するかのように思われないではないがこれらの規定は買主に使用を委ねている間にその未熟、粗暴な取扱等のため目的自動車の価値を減耗されることを防止し、担保物の価値を維持するためにのみ設けられたと解するのが相当であるから、これらの条項をもつて、自動車の割賦販売がなされた場合でも、売主に自動車の運行についての支配権が残留すると解すべき根拠となすことはできない。してみれば原告らの被告日産に対する請求はその余の事実について判断するまでもなく失当というべきである。

(二) 次に請求原因第一項の事実および仙北は当時被告捺染の従業員で、同被告が使用権を有する本件自動車を同被告の業務のため運転中本件事故を惹起したことは原告と被告捺染間に争ないから、同被告は本件自動車事故につき自賠法第三条にいわゆる運行供用者にあたるというべきである。そこでさらに本件事故は同条但書の場合にあたるとする同被告の抗弁について判断する。証人鈴木政男、同菊地省三、同仙地ハツエ(第一回)の各証言によれば、本件事故現場は北南の一方通行のみが許された問屋街の巾員約八米の道路上で交通は頻繁であり、東側に常時駐停車している自動車、自転車等が多いため有効巾員の狭少な場所で、しかも事故現場西側には巾員約二米の路地もあり、かつ本件事故当時も現場地点の東側路上に自動車が三台駐車していたことが認められる。以上のような事故現場の状況からすれば、何時いかなる人が自動車の進行に気付かず駐停車している車の蔭から飛び出すことがあるかも知れないというべきであるから、運転者仙北としては万一にも他人が突然車の蔭から道路の前方に現れて自動車に接近することがあつても、これと接触しないで停車し得る程度に速力を減じて進行し危害の発生を未然に防止すべき注意義務があるというべきところ、前掲各証言による認定の結果は、仙北は本件自動車を運転して右路上を北方より南方に向け時速約二〇粁の速力で進行して来たところ突然駐車中の自動車の蔭から飛び出して来た原告瑞雄を東側(進行方向左側)前方約三米位の箇所に認めたので直ちに急停車の措置をとつたもののこれをかわすいとまなく、車体後部ドア附近を同人に接触させ同人をして路上に左後車輪を跨ぐような姿勢のまゝ転倒させよつて本件事故の発生をみるにいたつたというのであるから、仙北が未だ前記注意義務を尽したものとは認め難い。以上の次第で被告捺染の前記抗弁はその余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

二、よつて本件事故につき、被告捺染に賠償せしめるべき原告らの損害について判断する。

(一)  証人喜田村孝一の証言並びに原告一成、同栄満子各本人尋問の結果によつても、本件事故によつて原告瑞雄の受けた傷害の後遺症が今後長期に亘つて持続、固定し、二割を下らない労働能力の喪失を来すことが必至であるとは到底認め難いから、原告瑞雄の労働能力の喪失による逸失利益の損害の主張は排斥せざるを得ない。

(二)  原告瑞雄が原告一成、同栄満子の子であつて本件事故当時五年七月の小児であつたことは当事者間に争いなく、原告一成本人尋問の結果によりいずれもその成立の認められる甲第七ないし第一〇号証並びに証人喜田村孝一の証言及び原告一成、同栄満子各本人尋問の結果によれば原告瑞雄は本件事故による負傷のため四〇日近くの入院治療を余儀なくされたのみならず、その後も夜尿症、鼻血、頭痛顔面けいれん等の症状がでたり下肢等にしびれが現われ、ために楽しかるべき幼稚園生活もその三分の一は欠席し小学校入学後も加療のため休校することが多く、しかも治癒の見通しも未だたゝない状態であることを認めることができるから、被告捺染は原告瑞雄に対しそのこうむつた肉体上及び精神上の苦痛に対し慰藉料の支払をなすべき義務があることは明らかである。そして上記認定の諸事実に原告一成本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第一一号証、証人仙北ハツエ(第二回)の証言によつて成立の認められる乙第二号証の一ないし二八および同証人の証言並びに前記原告一成本人尋問の結果を綜合して認められる原告瑞雄は本件受傷前は心身ともにすこやかな子供であつたこと、被告側で原告瑞雄の入院中の諸費用一切を支払つたことその他諸般の事情を綜合すると原告瑞雄に対する慰藉料の額は金五〇万円と認めるのを相当とする。さらに原告一成、同栄満子各本人尋問の結果によれば、右両名が両親として一人息子の原告瑞雄に対し格別の愛着を抱いていたところ本件事故によつて同人が前記の如き重症を負い現在もなお前記認定の如き後遺症のため絶えず不安と心痛に悩まされているのみならずその将来に対しても不安と危惧を感じていることを認めることができる。そして他人の不法行為によつて子が傷害を受け、その程度が前記のように至つた場合はその子の両親はこれによりこうむつた精神上の苦痛につき賠償義務者に対し民法第七〇九条、第七一〇条に基づき慰藉料を請求しうるものと解すべきであり(最高裁昭和三八(オ)三七三号昭和三九年一月二四日第二小法廷判決参照)、前記諸般の事情を考慮すれば原告両名に対する慰藉料の額は各金二〇万円と認めるのを相当とする。(原告栄満子本人尋問の結果によれば、同人が原告瑞雄の本件事故による受傷後流産したことが認められるが、右流産と原告瑞雄の受傷との間に直ちに相当因果関係があるとはいえないから、右流産の事実は同人に対する慰藉料額を定めるにあたりこれを斟酌しない)。

(三)  被告捺染の過失相殺の主張について判断するに、前記鈴木政男の証言並びに原告一成同栄満子各本人尋問の結果によれば前記認定のように本件事故現場は問屋街で有効巾員も狭くしかも自動車の通行もひんぱんであるため幼児がひとりで右道路を横断するのは極めて危険な場所であることおよび原告らは本件事故当時事故現場東側に位するそば屋藪正方に居住し、右の事情を知悉していたことが認められるから僅か五才七月の幼児にすぎない原告瑞雄に対しては、ひとりで本件道路を横断することを厳重に禁止するか、またはみずからこれに付添つて横断する等の措置を講ずべき監督上の義務があると解するのを相当とするところ本件事故発生当時原告一成同栄満子において原告瑞雄が本件路上に出た際前記措置を尽したことを認めるにたる的確な証拠はないから右両名には前記監督上の注意義務を怠つた過失があつたものといわなければならない。

しかして本件事故当時五才七月の原告瑞雄には事理を弁識するに足る知能が具わつていたとはいえないから、同人に不注意があつたとしてもこれを同人に対する賠償額の算定に際し斟酌し得ないが、その父母で監督義務者である原告一成、同栄満子には過失があること前記認定のとおりである以上右原告両名に対する賠償額を定めるについてはもとよりのこと民法第七二二条第二項に内在する公平の原則に照し原告瑞雄に対する賠償額を定めるについても右原告両名の過失を考慮するのが相当である。

以上の次第で右原告両名の過失を斟酌し本件事故によつて原告らがこうむつた前記損害のうち被告捺染に賠償の責を負わせる範囲は原告瑞雄につき金四〇万円、その余の原告らにつき各金一〇万円とするのを相当とする。

(四)  最後に弁護士費用について判断する。

不法行為の被害者が、賠償義務者から任意に賠償義務の履行を受けられない場合、権利を実現するには訴を提起することを要し、そのためには弁護士に訴訟委任するのが通常の事例であるから、本件において前記のように原告らは直接加害者である運転者仙北より治療費の支払を受けたのみで、自動車の運行供用者として賠償の責に任すべき被告捺染からは何らの支払も受けていない以上、弁護士に委任して被告捺染の責任を追求することはやむを得ないところであり、これに要する弁護士費用のうち権利の伸張防禦に必要な相当額は本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

しかして原告らが東京弁護士会所属弁護士坂根徳博に本件訴訟事件を委任したことは当事者間に争なく、原告一成本人尋問の結果によれば右委任に対する着手金、謝金の支払につき原告らが同弁護士との間にその主張のような約を締結したことが認められるが、成立に争のない甲第三四号証によつて認められる東京弁護士会の報酬規定の内容並びに本件事案の難易右認容すべきものとした損害額および前記原告一成、同栄満子の過失その他諸般の事情を考慮すれば、弁護士費用のうち原告らの損害として被告捺染に賠償させるべき額は原告瑞雄につき金四万円(着手金、謝金のうち各金二万円づゝ)、その余の原告らにつき各金一万円(着手金、謝金のうち各金五〇〇〇円づゝ)と認めるのが相当である。

よつて原告らの被告捺染に対する本訴請求は、原告瑞雄において金四四万円及びうち金四〇万円につき損害発生の後である昭和三九年三月一七日以降支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、原告一成、同栄満子において各金一一万円及びうち金一〇万円につき上記同日以降支払ずみにいたるまで同上年五分の割合による遅延損害金を求める限度において正当であるからこれを認容すべく、原告らの被告捺染に対するその余の請求並びに原告らの被告珍粋、同日産に対する各請求はいずれも理由なしとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木潔)

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